椎葉探訪

言葉に浮上する共同体の姿

十根川神社の境内にある八村杉(ヤムラスギ)とそれを大きく見上げる老父

柳田は法制局参事官として近代国家の法制や施策を説いて全国を巡回していた。特に土地の個人所有を前提とする新しい民法の普及に奔走していた。
そこで旧来から慣習として認められてきた山の共有(入会地)の是非を巡って全国各地で争議が起きていた。柳田はその山村での土地所有の実態に関心を持ち、現地調査の必要性を感じていたのではないか。
廣瀬弁護士から聞いた那須の話は、落人伝説のことなどではなく、焼畑農耕や山茶の栽培、争議における山民の主張などではなかったか。

改めて『後狩詞記』を読んで驚くのは、定評ある序文はもとより、ことばの躍動感である。「土地の名目」「狩ことば」「狩の作法」「色々の口伝」などを注意深く読めば、『遠野物語』に比肩する内容を持っていることがわかる。
「中瀬氏の文章。野味ありてかつ現代の味あり。その一句一字の末まで。最も痛切に感受せられ得と思う。読者以て如何と為す」
『遠野物語』を伝授した佐々木喜善と同格の扱いではないか。明らかに『遠野物語』は、『後狩詞記』の発展形と見ることもできる。

ただ、このときばかりは農政学者としての柳田の性格が前面に押し出されていた。
柳田は焼畑訴訟の参考として、まず山村での生活実態を見ようと心がけた。その時、日常使われていることばに注意を払ったのである。
そのことばの背後に山里の規律や秩序が豊かに反映していることに驚く。その発見の意味は大きい。
法制局参事官として椎葉での生活を聞くなかで、狩猟の話になり、慣習としての伝書を見ることになり、その生活を規定している山の神信仰に話題が及ぶにつれ、ことばに内包する実体のリアルさに驚きを隠さない。

サカキのあまつぶ

『後狩詞記』に収録されたことばの特徴は、その一つひとつが生活実態を生々しく表現していたということだろう。山の風景や地名さえも人々の暮らしと無縁ではない。
山の民がどのような環境で生活を営んでいるか、ことばのなかにそれらを発見したのである。ことばと生活が密着している。『後狩詞記』というタイトルの「詞」に込めた思いは深かったはずである。
柳田にとって椎葉体験の意味は山地に歴史が息づいていることを気づかされたことにある。ことばに累積する実体に触れることで、柳田民俗学は出発したのである。

『哀調の旋律』所収

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